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大阪地方裁判所 昭和62年(わ)2809号 判決

主文

被告人を懲役一年八月に処する。

この裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予し、その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  法定の除外事由がないのに、昭和六二年六月二日ころの午前零時ころ、大阪府下の某所において、フェニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤結晶約〇・〇六グラムを水に溶かし、自己の身体に注射して使用した

第二  同日午前三時ころ、大阪府枚方市〈住所省略〉甲野一郎方の施錠のしてない玄関口から故なく同人方に侵入し、奥六畳間において内縁の夫甲野一郎と並んで、上半身裸のままパンティだけで寝ていた乙山花子(当時一七歳)を認め、その寝姿を見ているうちに同女に対しわいせつの行為をしようという気を起こし、同女が熟睡し更には、夢うつつのまま、隣に寝ていた右甲野が肉体関係を求めてきたものと誤信したのに乗じて同女の乳房に触り、そのパンティを脱がせて陰部を手指でもてあそぶなどし、もつて同女の抗拒不能に乗じてわいせつの行為をした

ものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(準強姦未遂を認定せず、準強制わいせつを認定した理由)

関係各証拠によれば、被告人は、昭和六二年六月二日午前三時ころ、甲野一郎(以下「甲野」ということがある。)方に侵入し、同人方の奥六畳間に至ると、被害者がパンティ一枚の姿で甲野とともに熟睡しているのを認め、同女の寝姿を見ているうち、同女の身体に触りたいとの欲望を抱き、同女の乳房をまさぐつた上、同女が熟睡し、更に夢うつつのまま、甲野が肉体関係を求めてきたものと誤信しているのに乗じて、そのパンティを脱がせ陰部を手指でもてあそぶなどの行為に及んだが、同女が被告人のなすがままになつていたため、自己のズボンとパンツを脱ぎ下半身裸となつて同女の傍らに横たわつた際、同女が覚醒して悲鳴をあげ助けを求めたため、甲野に現行犯逮捕された事実を認めることができる。

そこで、犯行時の被告人の犯意について検討するのに、被告人は、警察官の取調べに対し、パンティ一枚の裸で寝ている被害者を見てその肌を触りたくなり、乳房に触つたところ、乳房に触るだけでは満足できず、同女のパンティを脱がせて陰部に触るなどしたが、なおも同女が被告人のなすがままになつているので、性交をしたくなつてズボンとパンツを脱いだ旨供述し、わいせつの目的で同女の身体に触るなどしているうちに次第に性欲を募らせ、同女の身体を触るなどのわいせつ行為をするだけでは満足できなくなつていつた自己の心理状態を具体的に述べているところ、右供述は、前記認定の被告人の一連の行動をごく自然に矛盾なく説明し、十分信用することができるものというべきである。

もつとも、被告人の検察官に対する昭和六二年六月一八日付け供述調書中には、被告人が、被害者の寝姿を見て、「気分的にむらむらとなり、女の子が、寝ていて気付かないのであれば、その子を犯してやろうと決意し」た旨の供述があり、これによると、被告人は、被害者の身体に触れようとする段階において、既に準強姦の故意を有していたようにも窺えなくはないが、「寝ていて気付かないのであれば」犯してやろうと決意したというように、右供述の内容自体必ずしも準強姦の犯意発生時期を一義的に明確にするものではない。のみならず、前記認定のとおり被害者の左隣には甲野が寝ており、いつ同人らが目を覚ますかもしれない状況下において、被告人が被害者の寝姿を見て直ちに姦淫の意思を抱いたというのは、やや唐突の感を免れず、前述のような犯行時の諸状況に照らせば、被告人が被害者の身体を触つたりしているうちに次第に性欲を募らせ性交をしたくなつた旨述べている被告人の司法警察員に対する供述は、被告人の心理状態としても自然であると認められるところ、前記検察官調書において、右のように供述を変更したことにつき、格別の説明もなされていないことなどから、右検察官に対する被告人の供述をもつて、直ちに、被告人が被害者の身体に触れようとする段階において既に準強姦の故意を有していたものと認めることはできない。

これら被告人の右犯行時における客観的状況及び被告人の司法警察員に対する供述から窺える被告人の心理状態からすれば、被告人は、ズボンとパンツを脱ぐ直前の時点において、初めて被害者の抗拒不能に乗じて被害者を姦淫しようと決意したものと認めるのが相当である。

しかしながら、準強姦未遂罪が成立するためには、被告人が準強姦の故意を有するのみならず、右故意に基づいて準強姦の実行行為に及んだことを要するので、次に右実行行為の有無について検討するに、関係各証拠により明らかに認定できる事実は、前記認定のとおり、自己のズボンとパンツを脱いで被害者の傍らに横たわつたというにとどまり、客観的に姦淫の手段と認められる行為を何らしていないのであるから、被告人は、準強姦の犯意を形成したものの、いまだその着手に至らなかつたものといわざるをえない。

もつとも、司法巡査ら作成の現行犯人逮捕手続書及び被害者の検察官に対する供述調書中には、被告人が被害者に対し男性性器を握らせた旨の供述部分があり、これは被告人が姦淫の意思を固め、ズボンとパンツを脱いだあとの行為と考えられなくもない。しかし、これが姦淫の手段としての行為といえるかどうかはともかく、その行為の態様、行為の時期等が必ずしも明確ではなく、被害者がまだ完全に覚醒していない段階での行為であることを考えると、右証拠だけでは、準強姦の着手行為があつたと認めることはできない。

右に検討したところから、被告人には準強姦未遂罪は成立しないが、判示第二の被告人が被害者に対してなした一連の行為は、準強制わいせつ罪を構成することは明らかであるから、右範囲において有罪と認定した次第である。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は覚せい剤取締法四一条の二第一項三号、一九条に、判示第二の所為うち、住居侵入の点は刑法一三〇条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、準強制わいせつの点は刑法一七八条、一七六条前段にそれぞれ該当するところ、判示第二の住居侵入と準強制わいせつとの間には手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として重い準強制わいせつの罪の刑で処断することとし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期(ただし、短期は判示第二の準強制わいせつ罪の刑のそれによる。)の範囲内で被告人を懲役一年八月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、なお同法二五条の二第一項前段を適用して被告人を右猶予の期間中保護観察に付し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官西川賢二 裁判官笹野明義 裁判官中山孝雄)

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